ヒトナツログ

最上階角部屋に住みたい

ローディング中

2018年にもなってiPhone6なんて旧機種を使っている自分が悪いのだけど、とにかく動作が重くなってきていて、なにをするにもローディングに時間がかかってしまう。アプリを切り替えるにもモッサリしているし、バックグラウンドから戻ってきたらメモリ解放が行われてさっき立ち上げたばかりのアプリのスプラッシュスクリーンをまた眺めるなんてことになってしまう。

PCでブラウザでなんか見ていても、昨今は様々な読み込むものがあってデータ量もすごく多いのでコンテンツがすぐ表示されない。なのでひたすらローディングが終わるのを待ちぼうけすることになる。あと自分の回線が細いという問題もある。あまりにも遅いサイトは広告とかembedされてる外部コンテンツ読み込みのスクリプトなどで大抵ブロッキングが発生していてCDNからのコンテンツの読み込みが詰まってn十秒とかかかっている。

とはいえローディングで分単位ほどの時間はかからないのでこれまた難しい。いっそ分単位でかかるなら本読んだり皿洗ったり洗濯物干したりたたんだり野菜切ったり炒めたりできるけど、それらをやれるほどの時間はかからない。ローディング中に本読もうとしたとして、本を手にとって栞のとこを開いて行頭の数文字を読んだあたりで大抵ローディングは終わってしまう。皿洗おうとしたら台所に移動してスポンジ持ったあたりでローディングは終わっている。

あとローディングに時間がかかるかどうかはローディングが終わるまでわからないから判断をつけづらいというのもある。

どんな読み込みでも「絶対にこれだけの読み込み時間はかかります」というのがあるならそれを見越して行動できるけど、そうはなっていない。『ローディングに時間がかかってるな』と思った段階ですでに50%くらい進んでいる可能性がある。ので仮に読み込みに約20秒かかるコンテンツだったとして片手間に本読もうと判断した段階で残りは10秒程度というわけである。ただローディングは直線的に進むものでもないので残り5%でものすごく時間がかかる場合もある、だからローディング中になにかやるというのはうまくいかない。

そういうわけで結局ローディング中は為す術がなくてひたすら虚無の時間を過ごすしかない。スマホやPCを眺めたりして『曲線がキレイだな〜』とか『このキズいつ付いたんだっけな〜』とか『読み込みガンバレ〜』とか思うしかなくて人間はあまりにも無力…。

最近は『人間が人生でローディング中に損失した時間を総計したらいったい…』とか思ってしまった。考えるだけで恐ろしい。ローディング中に睡眠してローディングが終わったら起きるみたいな器用なことができれば人生は豊かになる気がしているけれど、人間はそうはできていない。


ここにローディングを用いた比喩表現を書いていましたがあまりにも虚しいので、消されました

俺たちのローディングとの戦いはこれからだ、ということです。

今日のミス

ズボンを前後ろ逆に履いていた。

部屋着だったのでセーフ。

違和感ないタイプのズボンということもあって履きなおすのが面倒だったのでそのまま前後ろ逆の状態で過ごしていて、これを書いている今も前後ろ逆のままである。

人間としてはアウト。

2018-07-08

連日の大雨は部屋も心もじめじめさせて気分が優れず過ごしていた。次晴れたら汗と湿気でなんだかジメッとしているシーツやタオルケットを絶対洗ってやると思っていて、ようやく晴れたので今日は洗濯機を3回まわして干しに干しまくった。

マットレスを上げたついでにベッドフレームのホコリを取って、ついでに部屋の床も雑巾がけした。

散歩したかったので大雨で氾濫寸前だった川を散歩しにいったところ、堤が低くなっているところはすっかり浸水していたらしくゴミや木の枝やなんやらで溢れかえっていた。完全に氾濫しなくて本当によかった。

暑かったので冷たいものでも食べたいと思っていたけど、どこも混んでいたので撤退した。スーパーに寄ったところ物流の影響で一部商品が入荷されていなかった。スーパーにはいつも商品が並んでいるのが当たり前だけれど、決して商品が自然と湧いているわけではないということを身にしみて感じる。

家に帰ってからはなんだか料理したくなってしまってずっと料理をしていた。お米を炊いている間にゴーヤを下処理して冷凍しておいた。ゴーヤは冷凍しておくと便利。作りおきとしてきのこダレとブリの塩焼きを作った。夕飯はチキンソテーにした。

鶏肉焼いているあいだに干していたシーツを畳んで新しいシーツに変えたりしていた。ベッドメークしたてのベッドは最高。

皿洗いをしてからシンクの排水口の奥も掃除もした。パイプユニッシュで油汚れスッキリ。久しくしていなかったので結構汚れが溜まっていた。自分で汚した汚れは誰も掃除してくれはしないので自分でやるんだよということになっている。

Amazonプライムビデオでシュタインズゲートゼロをちまちまみていて、世界線がよくわからなくしまったので無印版と劇場版をさらっと見返していた。相変わらずこの作品はいいところがとても多い。

明日からはひたすら作り置いたきのこダレを食べる生活が続く予定。来週は連日30度超えらしいので夏がやってくる。

肌が弱くてすぐ湿疹ができるので年中からだはかゆいのだけど、夏はあせもができてとくにかゆいので我慢し続ける日々が始まる。夏はどこかに行きたいけど、どこにもいけないんだろうなという気がしている。

夏といえばこの日記のタイトルは7月を指していて、すでに1年の半分が過ぎたことがわかる。今まで何をしていたというのだろう、2018年もとくに進捗はない。こんなはずではという気持ちと夏バテしないようにまあ生きるしかないですね、という気持ちで過ごしています。

名だけが掠れてゆく

昔から人の名前を覚えるのが得意ではなくて苦労する。きっかけは憶えていないけど何かのタイミングで「ああ僕は人の名前を覚えるのが苦手なんだな」と認識して以降、あきらかな苦手意識がある。

大学生以降はあまりに刹那的に出会う人の数が多いので大変困った。名前が思い出せない。

「○○君、元気してた?」ありがたいことに向こうはどうやら僕のことを覚えているらしい。僕はといえば顔は覚えているしどういう人かも覚えているけれど名前が一切思い出せない。名前だけが…。『お久しぶりです、そちらこそお元気でしたか?』…会話は案外二人称をはぶいても成り立ってしまうことがほとんどだ。

とはいえ名前を思い出せないままいるのはもどかしく、またやはり失礼なことのようにも思うし不安な気持ちにもなる。だから心労という意味合いでも苦労してしまう。

あまりにも覚えられないので名前を覚える方法を調べていくつかを実践した。そのひとつにその人固有の情報や特徴を紐づけて覚えておくというものがあって、一時期は人と会ったあとにひたすらメモを取っていた。【名前・何やってるひとか・何が好きか・見た目の特徴・いつ会ったか】などなどその人と会ってわかったことなどをひたすら箇条書きで書いていく。会ったあと記憶が新鮮なうちに忘れないようにと、面倒だけれどこの頃はひたすらメモ帳に書きなぐっていた。

僕にはこれが結構合っていたのか効果的だった。幸いというかなんというか僕は"名前だけが"覚えられないタイプで、その人の顔や雰囲気や情報についてはむしろ平均よりも覚えているタイプだからかもしれない。そういったその人の情報と名前を紐付ける作業をしておくと、次にふいにその人と会ったときもすぐ顔と情報のインデックスから名前を思い出せるようになれた。

しばらくしてもう書かなくてもイケるのではないかと思って、メモを取る習慣はやめてしまった。ちょうどその頃そんな頻繁に人と会うような生活じゃなくなったからというのもあった。以来メモを取る習慣は一切やらなくなってしまった。


メモを取っていたときの訓練からか、メモを取らなくなってからも以前よりは名前を覚えられるようになっていたし安心安心という感じで過ごしてきていた。

でもここ最近になってまた名前を覚えられなくなってきている。なんだかそんな気がしている。さっき会った人の名前なんだっけなんて思ってしまう。思い出すまでに結構時間がかかるとか、その瞬間に一切出てこなくて家帰ってお風呂入ってるときとかに名前を思い出したりする。だからこんな日記を書いている。思い出せるならまだいいけど全然思い出せないときもある。これを書いている今も先日あった人の名前を思い出せない。

以前は上述のようにめちゃくちゃ狂ったようにメモを取っていたけど、正直ものすごく個人情報を含むので今の自分の意識からはあまり進んでやりたくないというのがある。メモ帳の管理をいま以上に厳重にしないといけない。あと単純に人と会ったあとに時間を作って書かないといけないので正直手間がかかる。

元々苦手だったことだからまたできなくなってしまってきているのか、はたまた海馬が単純に縮小し始めているのかはわからないけれど、またメモを取る生活をしなくてはいけないのかもしれない。

生まれつき名前をスッと覚えられる人がうらやましいなんて思う。