よく他人のエピソードを見たり聞いたりすると「電気が走ったんですよね。衝撃的な出会いでした。」という話をみかける。
衝撃的な何かの出会いがあって電気が走り、それ一辺倒になってうまくいっている──そういう体験談を見聞きするたびに心底うらやましいなと思う。
自分の人生ではまだ1度も電気が走ったことがない。そんな経験がなくても日々はやっていかねばならないから、雰囲気で生きてなんとなく空気に流されて、気づいたらいまの生活になっている。たぶん、人生に手触り感がない。
電気が走ってうまくいっている人は、当然つらいことも逆境もあるだろうけど、落ちることなくパワフルでみなぎっている。エネルギッシュで楽しそうで幸せそうだ。傍目にみて人生に手触り感があるように見える。
全財産をかなぐり捨ててでも人生を賭けたいと思うようなことに出会えたら、どれだけ幸せだろうと思う。
出会うにはなにかをはじめなければならない。はじめるには、なにかをやめないといけない。こんな単純なことなのに、どうしてこんなに難しい?理屈と実体はいつもねじれている。
まだ見ぬ電気に思いを馳せて、日々をしのいで生きている。2025年も例に漏れずしのいで生きていたら、気づけば残り3ヶ月を切っている。
あと3ヶ月しのいだら、2026年がやってくるらしい。