ヒトナツログ

最上階角部屋に住みたい

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いいなぁって思うけど

雑誌とか広告とかさまざまな媒体のコンテンツをみて『いいなぁ』って思う。思うのだけどそれ以上の感情や熱量が出ることがかなり少なくなってしまっている。

これ欲しい!ここ行きたい!というような純粋な気持ちで心から湧くはずのその感情がめったに出てこない。昔はもっとたくさんそういう純粋な"want to do"の気持ちが毎日のようにあったはずなのに。

心に問う

「今いいなぁって思ったよね?なのになんでその次の感情が出てこないの?」

『うーん…本心でいいなぁって思っていない気がする』

返ってくる答えもなんだか煮え切らない。

どうにも精神が弱っているんだろうなという実感はある。これではよくない。健康な人間はもっと欲があったりパッションがみなぎっているはずだと思う。

アテもないけどどこか旅行にでも行けばなんとかなるんじゃないかなぁとか思って、本屋に行って旅行雑誌とか特集記事などを立ち読みした。でもやっぱり「めっちゃいい!ここに行きたい!」というような感情は一切芽ばえてこなかった。

1泊2日で巡る〜とか、非日常を感じる〜とか、格安航空でいく〜とか、今◯◯の××が熱いとか、色々な見出しがある。オシャレなカフェや美術館やホテル、温泉、おいしそうなごはん、絶景などなど、その地域の名店や観光名所をめぐるルートが列挙されている。どのプランや旅行イメージもすごく『いいなぁ』とは思うけど、やっぱりそれ以上にはならなかった。

どれを見ても自分がそこに行く、行って楽しんでいるイメージが全然湧いてこない。自分ごととして捉えられない。自分は楽しめるのか?そこに行って?そこでそんなことをして?

なにもかもが異常に加工されているというのも原因のひとつかもしれない。プロのカメラマンが撮影した宣伝用の写真には観光客は映っていないし曇ったりもしていない。すべてが快晴、食べ物の盛り付けも完璧だ。耳障りのいいキャッチコピーとPhotoshopで"いい感じ"に修正されつくした写真ばかりが並んでいる。インスタ映えといえば聞こえはいいかもしれないけど虚像だということを僕たちは知ってしまっている。それでもなお『いいなぁ』とは思ってしまう。

人間は虚像が大好きで発展してきた生物だからか、どれだけ"創られて"いても『いいなぁ』と思ってしまう。


細かいこと考えずに感情に素直になればいいんだよとか、考える前に行動すればいいんだよっていうのはわかるのだけど、わかるのとできるのは全然違う。それをスッとできる人もいればできない人もいる。僕はできない側で、そうするにはエネルギーが半端なく必要なタイプだ。そしてそのエネルギーはない。パッションもない。それをなんとかしたくてどこか行きたいと思っていたはずなのに、目的に拒まれてしまった。

世の中は基本的に需要がないものは量産されない。本屋には旅行の本はうんざりするほど積まれている。ということは世の中の人は雑誌を読んで『いいなぁ』と思ってスッと旅行先を決めてゆけるということなのだろう。

なぜ自分はマイノリティ側なのか…生きやすいのはおそらくこっち側ではないので自分もそっち側になりたかった。努力してなるべきなのだろうか。