母からもらって気に入っていたガラスのコーヒーカップを割ってしまった。
食器を洗っていて、水切りに置いたコーヒーカップにかぶせるように丼型のお椀を置いてしまった。
そのことを忘れてお椀を勢いよく持ち上げてしまい、下に隠れていたカップがスライドしながらシンクに向かってダイブしてしまい、ものの見事に割れてしまった…。
もらってまだ1年も経っていないしなんとも悲しい。ごめんという気持ちと、えも言われぬさみしさに苛まれている。
特別すごく高いコーヒーカップではないんだけど、気に入っていたし母からもらったものというのもあってか妙にグサッときてしまった。
ちなみに自分はガラス製品ならびに陶器をよく割る。過去たくさんの食器からインテリア雑貨まで割ってきていて、もう両手で数えられないほど割っている。
割れ物の製品と相性が悪いことを経験から悟ってからは、食器類の多くは100均のものになってしまった。100均のものほど全然割れなくて、気に入って買ったり、もらったりしたいい食器ばかりが割れていってしまう。まるで「お前はまだそんな食器を扱うには早い。100均の食器がお似合いだからおとなしく安物を使いなさい!」と言われているかのようである。
唯一食器棚に残っているまともな食器といえばDANSKのサラダボウルとプレートがある。けど割るのが怖くて数年は使ってない。はたして使わず眠らせたままのちゃんとした食器になんの意味があるのだろう。
はやくちゃんとした食器が扱える立派な大人になりたい。