ヒトナツログ

まだ京都にいる。

発掘された本

部屋の本棚を整理してたら積んでいた本とか、途中で諦めたっぽい本とか、いつ買ったか憶えてない本とか、読んだけど一切内容が思い出せない本などが沢山あって困っている。

本、面白いものはスイスイ読めるので、それを一定の指標として読み進められない本はNGと切り捨てるのも可能ではある。けれどかならずしもそうとも言い切れないので難しい。読み終わるまで良書かどうかハッキリと判断を下すのは難しいという側面がある。

とはいえ、今まで読んでいなかったのに今さら読む可能性はあるのかという気持ちもある。明らかに途中でしおりが止まっている本を今さらリスタートさせたところで、それまでの記憶が一切ないのでまた最初から読み直さないのは確実。一気に読みきれなくて放置したものを今から頑張って最後まで読む自信があるかというと怪しい気がしてくる。僕はあまり衝動買いするタイプの人間ではなくて、買うだけ買って積んでいた本の数は少ないのだけど、だからこそ買ったのに積んであるということはかなりリスクが高いような雰囲気が漂う。買った瞬間に興味がなくなったのかどうかもわからないけど、今の自分がその積まれていた本たちをみても、なんというか心が一切ときめかなくて興味の興の字もないという状況。ただあるのは『なんかもったいない気がする、もしかすると読めば良書かもしれない、でもなぁなんとなく食指が動かないんだよなぁ』という気持ちしかない。

読んだけど一切内容が思い出せない本は、良書だったのかどうかも怪しくて手が付かない。開いてみても、あれこんな本だったっけみたいな感覚でまるで初見のよう。確かに読んだ、読み終わったという記憶はあるのに、中身がすっぽ抜けていてまるで夢だったのかもくらいの感覚。こんな本を残しておいて今後読む可能性はあるのかというと怪しい気がする。

そういうわけで、いまこれらの本を処分するかどうかで葛藤している、開けば読める、でもなんとなく読もうという気持ちをムリヤリ作っている感があるという部分が拭えなくて、そういう意味で困っている。朝起きて急になくなっていたとしてもなんとなく「あーそっか、なくなったかぁ」と諦められるくらいのものである気がしているので、縁がなかったということにして封をして処分してしまおうか。

この手の問題、世の中の人はどうしているのだろうと思う。