ヒトナツログ

移住しました。京都にいる。

食事中のおとも

食事中にテレビつけたり、スマホみたり、本読んだりしても全くもって集中できない。

食事の方にばかり意識がとられていく。

生まれた時から実家では食事中にTVがついている家庭だった。ので小さい頃はTVを観ながら食事をするというのが当たり前だった。この頃はTVが主体という感じで、「食事をしながらTVを観る」ではなく「TVを観ながら食事をする」だった。

いつの間にかこれが反転して『食事をしながらTVを観る』に変わっていった。はっきりといつの頃からかは覚えてないけど大学生になったころからそうなっていった気がする。生活において食事のありがたみが増大したというか、 単純に自分で作らないと基本的に食べれなく、とはいえ食べている時間も一人暮らしではもったいないような感じがあった時期もあり、必然的に食事が主体になりうる要因はいくらかあった気がする。

そういうわけでいつのまにか食事中になにかするのができなくなってしまった。

ここ最近はお昼食べながらなんとなくスマホでニュースみたりするという具合なのだけど、生まれた時からの惰性で食事中になんかやるというような感じで、全然頭に入ってこないし読み進めもできない。食事の手ばかり進んでしまって、いつのまにか食事は終わり、ニュースは全然読めてない、いつのまにかロック画面になっている、という状況になる。

とはいえ思い起こすと他人と会話しながら食事をするときは食べる速度は落ちる気がしていて、このときだけは意識は食事ではなく人に向いている率が高い気がする。必ずしも食事が意識の高位に位置するというわけでもなさそうではある。よくわからなさがある。

そもそも食事中になんかやるのをやめろ、というはなしもあるので、そういう意味では健全になりつつあると言えそう。会話しながらというシチュエーションは先祖よりずっと行なわれてきた行為なはずなので、それだけは遺伝子レベルで組み込まれていて、できても不思議ではない気がする。とはいえ昔はTV観ながら食事できていたので、単に退化しているような気もする。

シンプルに考えると食事が単に楽しくなったというだけかもしれない。